ドッペルゲンガーも夢をみる。

おもったこと 感じたことを つらつらと。

君は僕のエネルギー。

 

俺節
「俺が俺というときは 俺とお前で俺だから」

 

 

2017年 8月28日

わたしは 俺節大阪大千穐楽より、この下書きをいつまでも下書きのままで眠らせていた。それは、この記しが未完成だったから。書きたいことが多すぎて、いつまでも いつまでも書き終わらないこの記しを そのまま公開するわけにもいかず、ずっと下書きのまま保存してあった。

 

俺節千穐楽から2ヶ月程経とうとしている今、早いものでもう 8月も終わってしまう。

こうして時間は過ぎて行ってしまうものだから、この未完成な記しを、いつまでも下書きに留めておくのはなんだか、違う気がした。だから、未完成のままでも載せよう と漸く思い立った所存です。

この作品から感じ取った素晴らしさを、あの日動かされた心を、記した日記です。未完成ながら、すべて、あの日感じた素直な言葉です。

( 後に編集しなおす、または追記することも大いにあるかと思います。いつか完成するかなあ。)

 

 

以下 2017年 6月末に記した文章

 

 

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6月30日、舞台「俺節千穐楽を終え

俺節が終わってしまいました。

全34公演 本当におつかれさまでした。

もう 書きたいことだらけです 残しておきたい

本当にすばらしい作品だった 

 

セリフの言い回しや雰囲気は、覚えている限りのニュアンスで表現しています。

また自分の記憶だけでは曖昧なので、他の方の記憶も勝手ながらかなりお借りしまして 書かせて頂きます。

(皆さんの記憶力の良さに慄いております)

好きな、または印象にまたはシーンをあげていく。

以下ネタバレあるので 千穐楽終えたとはいえ知りたくないという方は 避けた方が良いと思います。

 

ちなみに順番もぐちゃぐちゃかもしれません。

覚えている限り なので。ご了承ください。

 

 

◎大野師匠が話すコージの歌への考え

オキナワ「お前の歌える時と歌えない時の違いは何なんだよ!」

コージ「おらにもよくわかんねんだぁ…」

大野「…思っていることが上手く言葉に出来なくて、やっと喉から出てきてみたら、歌になっちゃったんだろう…?」

コージ「…!それです…!」

大野「…生きづらいだろう?そんなんじゃ…」

 

 

◎北野波平からコージの歌への言葉

コージとオキナワが 大野師匠と共に流しとしてお店を周り、師匠がトイレへ行っている間の代わりに繋ぎを任される。そうして披露したのが小林旭「北へ」

それをお忍びで来ていた大物演歌歌手 北野波平が聴いていた。そしてコージが感想を問うと、北野は

「君は今、誰のために歌ったんだ?」

コージ「それは あのお客さんのためです」

北野「そのお客さんのために歌ったとき、君はどこにいたんだ?君は 『名もない港に 桃の花は咲けど 旅の町には やすらぎはないさ』(小林旭 「北へ」1977年) と歌った。情景が広がるねえ。しかし、その歌の景色の中に君の姿が見えなかった。君の歌の中には君自身がいない。」

 

北野「君の歌はまるで差出人の書かれていない手紙のようだ。俺ならそんな手紙、気持ち悪くて開けたくないね。君の歌の差出人は勿論 君であるべきだ。客のために歌う?何様のつもりだ!

  歌で嵐が吹き荒れるなら、ずぶ濡れになるべきは君だ。歌で大地が引き裂かれたら、奈落の底に落ちるべきは君だ。歌で誰かが死ぬのなら、客を殺すな!君が死ね!」

オキナワ「でもさぁ、そんなに自分自分で歌ったら、客の気持ちはどうなるんだよ?」
北野「客は歌い手の背景に自分をみるんだよ。歌い手の中に自分を感じるんだ。客はそんな歌い手の屍を見て、自分のことの様に涙を流すだろう。」

「君の歌が否定されたら君の全てが否定される、そんな歌を歌いたまえ。…あぁちょっと喋りすぎたな。」

 

 

 

 テレサが取調室で語ったコージへの想い

警察「この部屋で出来ることなら 特別にさせてやりましょうよ。何かしたいことはありますか?」

テレサ「演歌…演歌が聴きたい 。 白樺 青空 南風 …

警察「『北国の春』 か、いいメロディだよなあ。」

テレサ「いや、きっと この歌じゃなくても 好きになっていたと思います。歌詞やメロディーじゃなくて、気持ちが、気持ちが飛んできたの。あの人が歌っているときの気持ちを 好きになったんです。あれは わたしの気持ちでした。どうして、あの人の中からわたしの気持ちがでてきたんでしょう。 」

 

 

◎みれん横丁で師匠が語った「歌」への定義

師匠「俺は流しの端くれとして、レパートリーだけは何千曲も増やしてきた。でもそれは果たして歌か?」
コージ「じゃなきゃ何なんですか。」
師匠「俺の頭の中にあるだけならそれはきっと、ただの楽譜だ。俺の口から出たとき…」
陛下「歌になる!」
師匠「違う、まだだ。まだ歌じゃない。」

師匠「それが誰かの心に届く…惜しい!まだ歌じゃない。月日が経ち、歯を食いしばって どうしようもなく苦しいような場面でふと、あのときの俺のメロディが頭で鳴り響いたとする。そのとき初めて歌と呼ばれるものになる。だからそれが歌かどうかなんてすぐには分からない。何十年も経ってから分かることもあるんだ。」

 

 

 

◎オキナワからコージへ曲を渡す時のセリフ

コージ「オキナワもテレサもいなくなった今、背負うものがなくなって 自分だけになった今でも、自分のことすら重荷に感じてるんだ…」

 オキナワ「俺はこの歌を否定されたら自分の全てを否定される、そんな歌を書いた。なのに見る前から否定しないでくれよ…」

 

 

◎ コージとテレサが音階で会話をするシーン

言葉にならない 歌にならない想いを声にのせて

お互いに共鳴しあう 必死に伝え合う

とてもとても感動した ぼろぼろ泣いた
後ろの人は笑っていた 感じ方は人それぞれやね

 

 

◎コージの歌に足りないもの

テレサ「コージ、さっきの歌何が足りないか分かった。それは、私。私です。コージの歌は、私がいないとコージの歌じゃない。」

 

 

◎コージの歌うオキナワから貰った「俺節

テレサと話し、この歌詞を見てコージは「オキナワ、これはテレサと作ったのか?」と問う。もちろんそんな訳はなく、オキナワは「いや、俺がひとりで作った。」と答える。歌詞の中に、自分を重ねた。

 

 

俺節
作詞:福原充則監督  作曲:門司肇

 

ひとりで生きていけるのと 強がり放した手だけれど

夜と朝の境目辺りに見る夢で お前の名前を呼んでいた
おーいおーい ねぇ 届いているかい

もっと傍まで来てくれよ 心の中まで入っておいで

 

俺が俺というときは 俺とお前で俺だから

俺の俺節 おまえ節

 

何でもわかってくれるから 必死で隠したことだけど

挫けまみれの暮らしの中で お前の影を探してた

おーいおーい ねぇ どこまでいこう

もっとずっと遠くまで 黙ったまんまで歩こうよ

 

俺が俺というときは 俺とお前で俺だから
俺の俺節 おまえ節

 

 

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舞台にはまりそう 生ってすごい

こちらに飛んでくるパワーがすごい
熱量とアドリブと その空気感が ドカンと飛んでくる

同じシーンでも 観る度にちがう顔がみられる

 

 

本編最後の コージが新聞を投げるシーン
その瞬間の、プツンと緊張の糸が解けたような
あの顔が忘れられない 瞼に焼き付いている

どれだけの期待と不安、プレッシャーを背負って あの舞台の真ん中で 叫ぶ様に歌っていたのか
わたしなんぞには想像もつかないほどのものであろう

魂の叫びのようで とても美しくて 儚くて 怖かった

 

体力的にやられて 精神的にやられたとき、みんながいてくれた と彼は話した 最高のカンパニーだと

このカンパニーと出会えたことは 一生大切にする宝物だと そう話してくれた彼の顔は本当に誇らしげで 前を向いていた もう未来を見ていた

千穐楽が終わってしまった悲しみや寂しさに関する言葉は一言も発さず、この経験を糧にする と

ああ この人がわたしの好きな ずっと好きな人だ
と ファンとして誇らしくなった
公演期間中だけではなく 稽古が始まった頃から
日に日に痩せていく彼を見ていて、とても不安になった 心配になった
舞台に命をかけ 自ら首を絞める彼から この舞台が終わってしまったら 役と共に彼はいなくなってしまうんじゃないかと思うほどの気迫を感じて こちらまでしんどく そして怖くなる期間だった

だけど これは彼自身の闘いであったから
やりきった、演じ切った彼に 心からの敬意と
お疲れ様でしたという労いと 精一杯の拍手を。
わたしにはそれしか出来ることがない

思い出すだけで泣きそうだ
今でも瞼に焼き付いている 俺節千穐楽

自分の好きな人がこんなに誇らしいなんて
なんて幸せなことなんだろう

俺節は終わったけれど、もうすぐツアーが始まってしまうし、ツアーリハは既に始まっている
むしろ千穐楽が終わった途端、東京に戻ってMステに生出演している。休む暇なんてない。
それはとても心配だけど、彼は今日もテレビの中で笑っている。無理している時もたくさんあるよね、いつもいつも無理に笑わせてしまっているのはこちらだよなあ お仕事って酷だなあ そのおかげで出会えたのだけど

本当のこと言ったら、いますぐ沖縄に行って2週間くらい 海のそばでゆっくりしてほしい
ビジネスなんてわすれて ギター弾いたり 海潜ったり
好きなことだけして のんびり過ごしてほしい
でも今すぐにそれは叶えられないもんなあ

 

 

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でもこの感動はまだ 上書きしたくないなあ
この感動を超える舞台に出会えるかなあ
それはまた 彼の舞台なのかなあ

 

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 追記

 

この記事をすこしだけ 感想だけ追記した。

今日はもう2017年11月2日 夜中の3時過ぎ

 

眠っていたら目が覚めて 気づいたら涙が流れていた

夢をみていた 俺節の夢をみていたことを思い出した

 

もう千穐楽から4ヶ月以上経っているのに まだ、わたしは俺節を思い出し 夢にまでみて 未だに涙を流している

正確には、舞台「俺節」を終えた安田章大を想い 涙を流している。あの日のあの顔を 安堵と 寂しさと やり切ったという誇りと 色んな感情が混ざった なんとも言えないあの表情を わたしは一生忘れられない。忘れたくない。今でも目を閉じればすぐに 瞼の裏に呼び戻せる景色 簡単に蘇るあの歌声 熱い記憶

 

そんなふうに作品を想い、彼を想い、夢にまでみて 涙をぼろぼろ流すなんて自分でもびっくりしている。

本当にそれほど 心を動かされた 魂を揺さぶられた 唯一無二の舞台であったこと 一生忘れない。

 

 

それだけ。

めいっぱいの愛情と ありったけの敬意を込めて。

 

 

R.