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ドッペルゲンガーも夢をみる。

おもったこと 感じたことを つらつらと。

片想いには 慣れている。

日常

 

 

 

なぐりガキBEATの新年会 Part1  

想像以上の方に読まれてるみたいで なかなか驚いてる

Part2 まだ書いてへんけど そのうち書きます。

 

とりあえず先にかきたいことを今 リアルを。

 

 

わたしにとって大切な人が 苦しんでいる

でもなにもできなくて なんて言葉を投げかけるのが正解なのか 全くわからなくて ない頭で考えても結局 答えなんて出るわけもなく 夜が更けた 眠れなかった

伝えたくて 書いては消して 書いては消した

なんだか布団で 泣いてしまった

 

 

彼女は わたしにとって大切な人だけれど

彼女にとって わたしは 大切でなくてもいい

べつにそれは どうでもいいこと

嫌われてたって構わない 寂しいけどね

わたしが彼女を心配するのも 好きでいるのも

それはすべてわたしが 勝手にしていることであるのだ

エゴなのだよ それでもそばにいたいと思う

 

 

わたしは彼女にはなれないし、彼女の苦しみをおなじだけ わかってあげることはできないし、

自分のものさしで測っていいもんじゃないし、そもそも人の感情は 人と比べられるもんじゃあ ない

周りがどう言ったって、つらいのはつらい

しんどいのはしんどい 幸せなら幸せ それだけ

 

 

彼女はいつも 自分を責める

自分が悪いのが楽だ という

悲劇のヒロインでいることが楽だ という

 

きっと自分のこと愛するのが下手なんだろう

人のせいにする方が きっとよっぽど楽なのに

やさしいから 自分が傷つけばいいと思ってる

でもそんな自己犠牲なんて さみしいね

自己犠牲は美しい みたいなの

まるで壮大なコントのようだ

悲劇のヒロインなんて 演じる必要ないのに

でもそうすることでしか 自分を守れなかったのかな

 

こういうこと言いながら 解りながら、わたしも自分のせいにするのがいちばん楽なのは知ってるし、よくやる

自分の世界で完結させる わかるんだなあ

 

ありのままを認められなかったのだろうか

きっと多くの人にもそういう経験はあるだろけど

ずっと 条件付きの褒め方をされてきたのかな

 

 

自分のこと大切にできないと、他人のこと大切にできないね。自分にしてることは おなじこと他人にされる

自分にしてることは おなじこと他人にしてしまうから

 

それに気がついたときから

わたしは自分のこと 大切にするようになりました

理由は 周りの人を大切にしたかったから それだけ

 

 

人生 なんていうとさぞ大きく聞こえるけど

今なにするのがしあわせか それだけ考えるのも

ありなんだなあ と最近思えるようになりました

 

自分を不自由にしてんのは ほかの誰でもない自分で

 

ああわたしは本当に無力だなあ

考えすぎて 押し付けたくなくて

彼女になにも 結局何も いえない

 

相手をおもって 相手のために

こんなに悩んで 考えて 向き合って 傷ついて

こんなにもそれができる やさしい 素敵な人だ

 

すきだよって 我慢しないでって

それしか言えない ああ 無力

 

片想いには 慣れている。

 

 

 

R.🔹